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意外にも多くの社長から似たような答が返ってきた。
その答は大まかに分けると、二つある。
ひとつは、「職場を離れた喫茶店や本屋でぼおっとしている時」である。
忙しい社長業の合間を縫って、現在抱えている案件とは少し離れてぼんやりと思いを巡らしていると、ふと新ビジネスのヒントを思いつくことが多いのだという。
そしてもうひとつは、「学生時代や子供時代の原体験から」という回答だ。
たとえば居酒屋チェーンやレストランチェーンを経営している飲食系ベンチャーの経営者には、「学生時代、居酒屋でアルバイトをした原体験をもとにして、さまざまな事業を考えている」と答える人が実に多い。
アルバイトのころ、「こういうメニューがあったらもっと売れるのに」「こういう店の業態がこれから流行るのでは?」とさまざまに思いついたことが、いまも経営のアイデアのベ−スになっているというのである。
人材派遣会社の経営者でも、アイデアの根源は似たり寄ったりだ。
学生時代にアルバイトをしていて、「バイトの仕組みをこんなふうにしたらもっとスムーズに人材が動くはずだ」「従来の派遣会社は、ここがおかしい」などと考えたことが起業のきっかけとなり、そしてその後の事業展開のさまざまなアイデアにもつながっている。
こうした青春時代の原体験というのはかなり重要なようで、多くの起業家の原点は十代から二十代のころの強烈な体験にある。
父親や母親が病気になり、一生懸命看病した経験がもとになって、介護ビジネスの起業へとつながっていったというケースもある。
こうした強烈な経験が、起業につながっていくというのはとても素晴らしいことだと思う。
多感な青春期の貴重な体験が、起業に向けてのパワ−の源にもなっているのだろう。
とはいえ、起業から何年経っても、そして三十代、四十代になっても、いつまでも学生時代の原体験を引きずり、それらの体験をただひとつのよりどころとして事業展開を進めているというのでは、あまりにも危険ではないか。
スケジュールのすべてが管理され、人と会って刺激を受けるような余裕さえなくなっている経営者は、新しいことをゼロから生み出すパワーをすぐになくしてしまう。
それでも何とかアイデアをひねり出そうと、学生時代の原体験や、自分が忙殺されていないちょっとした時間にあれこれ考えたりしたことを、ひねくり回して新ビジネスへと結びつけざるを得ない。
多くの社長が、そういう苦しい状況に陥ってしまっているというのが、実情なのである。
きつい言い方になるが、経営トップには賞味期限がある。
どんなに優秀で、どんなに素晴らしい能力を持っている社長であっても、いずれ賞味期限が切れるときはやってくる。
賞味期限を切らさないためには、社長がどんどん社外活動に出ていろんな人に会い、充電する必要がある。
しかし社長が経営を一手に引き受けているような企業では、会議やセールス、冠婚葬祭に引っ張り回され、社長がそんな悠長なことをしている時間は取れない。
ではどうすればいいのか。
答はひとつしかない。
賞昧期限の来てしまった社長を支えるために、賞昧期限が来ていない経営メンバーをたくさん抱え、すぐれて先鋭的な経営チームを作り上げることだ。
そうすることによって会社は貫昧期限を延ばし、そして新たなビジネスの地平を切りひらいていくことができる。
経営メンバーは「番頭」ではない社長を補佐し、社長を支える経営メンバーの必要性について、これまであれこれと説明してきた。
これまでの説明を読んで、読者の中には、「それは社長の番頭と同じようなものなのだろうか?」と疑問に感じる人もいるだろう。
急成長した企業に「番頭格」と呼ばれる優秀な役員や本部長がいて、社長を支えていくというのは、昔から日本企業でよく見られたスタイルだからだ。
たとえばM電器産業の創業者だったM氏には、M電工の会長を務めたT氏や、M電器会長になったT氏ら名番頭たちが仕えていた。
T自動車は、創業者のT氏が経営問題で退陣したあと、大番顕だったI氏が社長になって会社を立て直した。
番頭はワンマン的なオーナー経営者に仕え、経営者の神輿をかつぎながら、オーナーの経営手法や考え方を後継者や社員に伝承していくという役割を持っている。
「番頭経営」という言葉もある。
オーナー社長を取り巻く番頭たちが、それぞれの担当ごとに社長と相談して案件に対応していくという経営手法だ。
オーナー社長が退陣してからも、新社長を棚上げして番頭たちだけで会社を運営していくというやり方も番頭経営と呼ばれている。
こうした番頭経営は非常に日本的な経営スタイルで、一時は「企業のガパナンスが損なわれている」「経営がブラックボックス化され、不透明になっている」と批判されることが多かった。
特にワンマン企業に必要不可欠だったのは、ワンマン経営者には実務能力に欠けた人が多かったからだ。
オーナー経営者、起業家といった人たちはものすごいパワーを持っている代わりに、ひとつのことしかできない人が実に多い。
この本で何度も書いているように、ひとりでビジョンメイキングから営業、社内の管理まですべてこなせるという経営者はきわめて少ないのである。
オーナー経営者はそんな風なゼネラリストではないから、誰かが支えなければならない。
本来なら経営チ−ムを作るべきなのだが、伝統的な日本企業ではそうした水平分業的な発想は乏しかった。
逆に、オーナー経営者の権力を補佐できるタテ割り型の補佐官の存在が求められたのである。
たとえばH技研工業のH氏がそうだ。
創業者のH氏は天才技術者だったが、実は経営には疎かった。
創業当初は何度も経営難に陥り、そのたびにHは存亡の危機に立たされている。
だが営業マン出身で経理にも詳しかった副社長のH氏がH氏を支え、自動車の販売網を独自に作り上げ、現在のホンダの基礎をたったひとりで築き上げたのである。
創業者に欠けていた実務能力を、「名参謀」と呼ばれた藤沢氏が補っていたのだ。
先に挙げたM電器産業の高橋荒太郎氏も同様だ。
高橋氏は「Mの金庫番」として知られ、Mのすぐれた経理システムを作り上げ、M幸之助氏という天才を陰で支えたのである。
番頭経営は日本型経営のひとつの形として、最近は逆に見直しの機運さえ出てきているほどだ。
しかしこうした番頭型経営手法は、私がこの本で提唱している経営メンバーについての考え方とはまったく異なっている。
番頭はあくまでオーナー社長のサボ−タ−で、社長の意思の代弁者である。
社長が困ったらボ−ルを拾って渡してあげ、それ以上のことは「借越になるから」といっさいしない。
そして社長の言葉を通訳し、社員たちに伝える。
みずからの責任で能力を発揮するというよりは、社長といかにうまく話し合い、社長と部下たちの聞をいかにうまく取り持つかといった部分に能力を最大限に発揮する。
よくも悪くも、社長への奉仕者でしかないのである。
オーナー社長を超えるような力量を見せることは、番頭としては許されない。
極論すれば、イエスマンの執事なのである。
私はこれまで数千社のベンチャー企業を見てきたが、新しく設立されたばかりのベンチャー企業でも、社長が古いタイプのオーナー経営者の場合には、こうした番頭格の役員がいるケ−スもある。
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